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モイスト・ウンド・ヒーリングと「湿潤療法」について

2025.09.17(水)

「傷を乾燥させてはいけない」という考え方は今ではかなり一般的に浸透してきました。薬局に行くとキズパワーパッドをはじめとする「傷を乾燥させない」ための絆創膏(もちろんヒト用)が何種類も売られています。

「傷を乾燥させずに湿潤環境下で管理する」という考え方は、1960年代初頭にDr. George D. Winterという人によってNature誌に発表された論文が元になっています。Winterは、豚の皮膚を使用して「傷は湿潤環境下で管理した方が早く綺麗に治る」ことを実験により証明し、これ以降この考え方をモイスト・ウンド・ヒーリング(Moist wound healing)と呼ぶようになりました。

 

ところで、ネットなどで創傷治癒について検索すると「湿潤療法」という名称が出てくると思います。これは、モイスト・ウンド・ヒーリングの日本語訳・・・ではありません「湿潤療法」という言葉は、Winterらが提唱したモイスト・ウンド・ヒーリングの理論を基に、日本の形成外科医である夏井睦先生がさらに発展させた傷の管理方法を意味する名称として使用されたのが始まりです。

「湿潤療法」には、「傷を乾かしてはいけない」という考えだけではなく

・傷を消毒してはいけない(そもそも消毒では感染の管理は出来ないし、消毒剤による細胞障害性が治癒を妨げる要因になる)

・創面に細菌がいる=感染、は間違い(皮膚や創面に常在菌などの細菌がいるのは当然であり、頻繁に細菌培養などをして「感染だ!」と騒ぐのは間違っている)

・コロニゼーション(Colonization)と感染(Infection)を臨床徴候により区別する(”感染”でない状態の患者に無闇に抗生物質投与を繰り返す行為は耐性菌を増やすだけ)

・感染の原因は多くの場合、異物や壊死組織の存在なので、これを無視して抗菌剤や消毒をしても無意味(または有害)である・・・

と言った、傷を適切に管理する上で非常に重要なポイントとなる考え方が含まれています。

しかし、残念ながらこれらのことが十分に理解されずに「湿潤療法」という言葉が使用(濫用)されているケースも多く、これによりさまざまな誤解や行き違いを生んでしまっています。

また、現在のモイスト・ウンド・ヒーリングに於いては「創傷は”適切な”湿潤環境下で管理する」ことが重要であるとされていますが、「適切」の部分が軽視され、単に「湿潤であれば良い」との誤った理解の基に「過剰な湿潤環境(過湿潤)」や「ドレナージ不足/ドレッシング交換不足」などの不適切な管理が行われているケースも非常に多く、「湿潤療法を実施しているのに治らない」などの相談を受けることもしばしばあります。

これらのことから、特に動物の創傷管理においては「湿潤療法」という用語を積極的に使用しない方が良い、というのが現在(2025年)の筆者の見解です(当然ながらこれは「湿潤療法」の理論自体を否定するものではありません)。