ブログ・コラム
Blog2017.11.01(水)
症例は11歳、柴系の日本犬。
「小脳腫瘍」と診断され、立って歩くことができません。
実はこの症例、原因不明(腫瘍と関連??)の血栓症で四肢の先端が壊死してしまい、その傷の治療のため、インターネットを通じて相談を受けていました。
途中から京都で開業されている西京極動物病院の山田先生を紹介して、そちらで治療を受けてもらっていました。
3ヶ月ほど経過し、趾端の壊死もだいぶ良くなったという報告を受けた直後、右の肩に褥創ができてしまったと言うことで、再びメールで相談を受けました。
写真のように右肩を着いて動き回るため、その部分の皮膚に「床ずれ」が出来てしまったのです。
右の肩に、比較的大きな穴が1箇所と、小さな穴が2箇所ほど開いています。それぞれの穴は、皮下で通じているとのことでした。
このような褥創は、このまま放っておくと3つの穴が繋がって、ひとつの大きな褥創になり、皮下の軟部組織も壊死して骨が露出するようになります。
すぐに低反発マットなどを使用して患部の除圧を徹底してもらうことと、水道水での洗浄、および穴あきポリ袋でのドレッシングを指示し、1日1回程度の交換をしてもらうようにしました。
その後、周囲の皮膚の汚れのために一見「悪化している」様にも見えますが、肉芽組織が増殖して皮下のポケットは消失しているようです。右の写真では、周囲の皮膚から上皮化が進んでいる様子(薄っすらと白い「薄皮」が貼ってきている)が判ると思います。このまま微温湯と穴あきポリ袋によるドレッシング、もしくは浸出液が少ない場合はラップによる被覆を指示しました。
微温湯による洗浄とラップでの被覆を続けて頂きました。右の写真は自宅治療開始から約1ヵ月半ほど経過したところです。かなり褥創が小さくなってきて、改善しているのが判ります。
約2ヶ月経過したところで、ほぼ完全に上皮化しました。
全経過を通じて、私自身はインターネットおよびメールでのアドバイスをしただけで、基本的に全て飼い主の方が自分で自宅治療を継続し、見事に褥創を治した例です。
飼い主の方は、当院のホームページ、および「新しい創傷治療のホームページ」を読んで「湿潤治療」や「褥創のラップ療法」の治療原理をとても良く理解して下さり、自宅で肌理の細かい管理・介護の結果、きれいに治癒しました。治癒まで約2ヶ月ほどかかっています。2ヶ月と言うと「長い」と感じるかもしれませんが、褥創というのはもともと非常に治り難い傷であり、「寝たきりである」という褥創の最も大きな原因を取り除くことが出来ないため、治癒までにとても長い時間がかかります。人間の褥創でも、数ヶ月~年単位で時間がかかる場合も稀ではありません。ですから、2ヶ月で治ったと言うのは、ある意味では「驚異的に早い治癒」と考えることもできます。
もちろん一度治った褥創でも、油断していると再発することも珍しくありません。一度出来た、ということは、その場所は「褥創の出来やすい場所」と言う事なので、常に良く観察して早めに異常を見つけることが大切です。また、除圧に気を配ることと、スキンケアも予防のために重要です。
メール相談による自宅治療で、しかも「小脳腫瘍」という重病を抱えた状態でも、きちんと管理すればこんなにきれいに褥創が治るのだ、ということを、同じような苦労をしている飼い主の方たちにも知って欲しい、ということで、全経過の写真を送ってくださいました。
2017.11.01(水)
犬の爪の剥離はときおり遭遇する疾患である。爪切を怠って長いままの状態にしておいたり、あるいは散歩や屋外での運動の際などに引っ掛けて爪が「取れてしまう」ことがある。
左の写真はG.レトリバー(雌 10歳)の前肢の爪1本が「スッポリ」と取れてしまったところである。本来なら爪の角質に保護されている、血管や神経を含んだ軟部組織が露出して、真っ赤になっている。この部分に少しでも触れると、非常に強い痛みを生じる。
このようなときには、もちろん消毒などをしてはいけないが、水道水であまり熱心に洗っても痛みを加えるだけなので、ぬるま湯で軽く流すだけにして、ラテックスグローブにハイドロジェル材(出血のある場合にはアルギン酸)を少量充填して、そのまま肢にすっぽり被せて抜けないように固定する。これで乾燥を防いでやると、翌日には痛みが殆ど消失している。
翌日からは、患部に触れてもあまり痛がらなくなり、ほぼ普通に歩けるようになった。
ポリウレタンフォーム(ハイドロサイト)で 指ごと挟むようにして、テーピングなどで固定した。
これを1~2日ごとに交換。
ハイドロサイトだとクッション性があるので、ぶつかったり当たったりしても痛みを生じない、と言う利点がある。
数日経過すると、爪が抜けて「真っ赤」だった部分の周囲をピン色の組織が覆うようになった。
この「薄ピンク色」の組織が、いわゆる「肉芽組織」なのか、あるいは爪の元となる上皮細胞なのか?不明である。
通常このような傷では、爪の剥がれた後の組織は「乾燥」して黒く壊死してしまい、干からびて「ミイラ状」になってしまう。その後から新たに爪が生えてくる、と言う経過を取るのが普通である。
ところが、「湿潤療法」で治療した場合には、「壊死」は起こらず、残存した組織が再び爪へと再生する。
ハイドロサイトによる被覆を終了し、指サックの先端にハイドロジェルを入れて患部の指を覆い、バンデージで抜けないように固定した。
「薄ピンク色」の組織は徐々に白っぽく、硬く変化してきた。
2~3週間程度で、ほぼ元通りの爪に戻った。
2017.11.01(水)
この症例は、他の動物病院からの転院例です。転院前の病院で、会陰尿道瘻形成術という手術を受けたと言うことなのですが、術後に縫合部周囲の皮膚が広範囲に壊死を起こし、同時に感染状態となり、抗生物質を色々と種類を変えながら治療をしたものの改善せず、皮膚の壊死の範囲がどんどん広がってしまい、「お手上げ」と言う状態になってしまったところで、飼い主の方から当院に相談の電話がありました。詳しく状況を聞いた後、結局当院を受診することとなりました。
「会陰尿道瘻」と言うのは、慢性の膀胱炎や膀胱結石などにより尿道閉塞の状態を繰り返し発症する場合に、最終的な選択肢として行う手術です。尿道閉塞は、オスの猫によく発生しますが、この手術ではオス猫の陰茎の部分(尿道が細い部分)を切除して、骨盤部の太い尿道を直接会陰部に開口させて、閉塞が起きないようにすると言う手術です。それ程困難な手術ではありませんが、縫合部分が尿の出口になるため、皮下に尿が漏れたりしないように細かく丁寧に縫合する必要があります。
会陰尿道瘻の手術後のトラブルは、実は比較的多く発生します。多くの場合、それは技術的な問題により引き起こされます。また、絹糸などの不適切な手術材料を使用することでも、術後のトラブルが発生します。このような繊細な部分(しかも尿路!)の縫合には、絹糸は絶対に使用すべきではありません。この部分に一度トラブルが発生すると、尿が皮下に漏れ出して皮膚および皮下組織の壊死を引き起こし、更に感染を起こして取り返しの付かない状態になってしまいます。感染を起こした皮膚は炎症により肥厚・瘢痕化を起こし、せっかく作った尿路が再び塞がって尿が出なくなってしまいます。したがって、この手術は最初のアプローチで絶対に成功させなければなりません。
左の写真は当院初診時のお尻の状態。会陰、肛門周囲~尻尾の裏側の皮膚が広範囲に壊死しており、膿が溜まって「ドロドロ」の状態になっていました。あまりにもかわいそうな状態でしたが、この状態で一緒に室内に生活する飼い主の方もかなり辛いものがあるだろう、と思われました。夏場なら間違いなく、ウジが湧いていたかもしれません。猫本人もかなり辛い様子で、痛みも相当あるものと思われました。
兎に角「一刻も早く何とかしてあげたい」と考え、全身麻酔下で壊死組織を完全に取り除く処置をしました。
麻酔下でデブリードマンした後の写真です。仰向けの姿勢なので、右下が尻尾です。
これでもまだ少量の壊死組織が残っているので、ハイドロジェル・ドレッシングを使用しながら、サランラップを使用したwet to wet dressingを行い、1日2回交換としました。
また、この状態で尿道にカテーテルの挿入を試みましたが、尿道は炎症と瘢痕化で狭窄しており、恐らく後数日で閉塞してしまう可能性が高い、と判断されました。なんとか会陰部の尿道を残そうと、暫く頑張りましたが、健康な尿道粘膜は殆ど残っておらず、「ズタズタ」の状態であったため、仕方なく「恥骨前縁尿道瘻形成術」と言う手術を併用することにしました。
「恥骨前縁尿道瘻」と言うのは、会陰部の尿路が使用不可能となった場合に、尿道を腹部に開口させる方法です。膀胱頚部の機能が温存されていれば、ある程度自分で排尿を随意的にコントロールすることも可能ですが、開口部周囲の皮膚が常に尿で汚れるため、皮膚炎を防ぐための管理が大変です。したがって、これも出来る限り他の方法をトライして、だめだった場合に最後の手段として行うべき手術です。
予定では、骨盤部から尿道を引き出して腹部に縫い付けるはずだったのですが、この猫の膀胱が異常に小さく、硬く萎縮しており、且つ骨盤腔内に奥深く入り込んでいるため、尿道を引き出すことが出来ませんでした。(黄色矢印;骨盤恥骨結合部、青矢印;膀胱体部)
仕方なく、膀胱体部を切開して、直接腹部に開口させることとしました。膀胱壁は異常に分厚く肥厚して硬くなり、伸縮性が完全に欠如している状態でした。このような膀胱の異常が先天的な問題なのか、慢性の膀胱炎による変化なのかは不明でした。
腹部に膀胱を開口させたところです。丁度乳頭部分の皮膚を引っ張ってきて、尿路の開口部に使用しました。乳頭部分の皮膚は毛が生えないので、腹部の尿路開口部に使用するには比較的適しています。
左は手術翌日のお尻の状態。残った壊死組織がふやけて融解してきています。また肉芽組織の増殖が見られます。
右はその4日後。健康なピンク色の肉芽組織が増殖してきており、上皮化もかなり進んでいるのが判るのではないでしょうか?
左は更にその5日後の様子。最初に比べると雲泥の差。かなり良くなっています。
そして右は、さらにその2日後の写真。もう殆ど上皮化が完了しています。この数日後に退院しました。尿はお腹から出ています。
左写真;お腹にあけた尿路です。どうしても周囲の皮膚が多少かぶれてしまいますが、毎日のシャワー洗浄とワセリン塗布で何とか維持、管理しています。
右写真;お尻の状態もすっかりきれいになりました。実はこの症例、最初に外科的にデブリードマンした後は、殆ど抗生物質を使用していません。壊死組織さえなくなれば、抗生物質は必要ないのです。
2017.11.01(水)
日記のところでも紹介したが、糖尿病治療中に左後肢の踵の部分の皮膚に壊死があるのを見つけ、治療した症例である。「壊死」の正確な原因は不明であるが、人の場合の糖尿病ではASO(慢性血管閉塞性動脈硬化症)という病態が頻繁に起こることが知られている。動物では糖尿病に関連してASOが起こることはあまり経験が無いが、状況から判断してASOの可能性が高いのではないかと思っている。
上の一番左の写真は、皮膚の壊死を発見して毛を刈ったところである。健康な皮膚との境目が明瞭である。真ん中の写真は、壊死した皮膚を除去してアキレス腱が露出した状態。この時点ではまだ「壊死」は皮膚のみに限定されていると思っていた。ハイドロジェルで被覆して数日経過したのが右上の写真。周囲の軟部組織には健康な肉芽組織の増殖が見られる。
左上の写真は、治療開始してから丁度1週間が経過したところである。壊死組織はかなり融解し、傷そのものも少しづつ縮小して来ている。しかし「アキレス腱」の周囲の筋膜はいつまで経っても「モヤモヤ」と生気の無い組織で、「生きた組織」が出てこない。ハイドロジェルで少しづつ融解して段々細くなってきている感じがする。この辺りから「もしかしたらアキレス腱自体も壊死しているのではないか?」と疑い始めた。真ん中の写真では、周囲の皮膚および皮下組織の壊死組織は完全に取り除かれているが、アキレス腱と踵周囲の筋膜・腱組織には相変わらず全く生気が無い。右の写真は「溶けて細くなったアキレス腱が切れる寸前」の写真。結局この直後にアキレス腱が切れたが、痛みも出血も無かった。アキレス腱は既に壊死していたのである。ただ、「腱」と言う組織は物理的に「丈夫」に出来ているため、壊死しても暫く踵の骨に付着して「頑張って」いたのであろうと思われる。
左上は「アキレス腱」が切れて数日経過した様子。腱が切れたことで傷全体が収縮しやすくなり、特に「ふくらはぎ」に近いほうの傷の幅が極端に狭く縮小した。写真は「踵」の部分の骨が突び出すので「破骨鉗子」で削ったところ。真ん中の写真では、傷の上の部分は完全に上皮化した。ここまでで約3週間ちょっとである。まだ骨が少し見えているが、肉芽の増殖は良好である。 右は治療開始から約1ヶ月経過したところ。この後、上皮化には少し時間がかかっている。「肉芽組織」に比較して上皮の細胞は増殖が遅く、破壊されやすいのも原因であるが、本猫が自分で齧ってドレッシングを取ってしまったり 、包帯がずれてきつく締まってしまい、鬱血を起こしたりしたのも原因とひとつであると思われる。
左上は約2週間くらい前の状態。上皮化の過程で幾つかトラブルが生じたり、上皮化が停滞したこともあったが、途中ステロイド軟膏を使用したり被覆材を変更したりして、なんとかここまでたどり着いた。最終的な上皮化には「アルギン酸」と「ハイドロコロイド」が功を奏した印象がある。真ん中の写真が約1週間ほど前、そして右が本日(6月15日)の写真で、完全に上皮化している。これで「治癒」と言って良いが、上皮化したばかりの皮膚は薄く剥がれやすいため、もう数日だけハイドロコロイドで保護することにする。「壊死」を見つけたのが3月の終わりであるが、ある程度壊死組織を除去して「治癒」に向けた治療が開始できたのが4月中旬ごろであることを考えると、約2ヶ月で完全に上皮化させることが出来たと言うことになる。糖尿病を患い、インスリンで「取り敢えず」の血糖コントロールをしながら、踵という難しい部分の壊死による創傷を治療した経過としてはまずまず良好な経過だったのではないだろうか。
傷が完全に治った時点で再度血糖値のコントロールを「きちんと」やり直す必要があると思うが、このままでも全身状態としては非常に良好である。
2017.10.31(火)
「ドーベルマンの左大腿部にできた拳大の腫瘍(血管周皮腫)を切除し縫合したが、離開してしまった」とのことで紹介されてきた症例。初診時の治療前の写真が無いのが残念であるが、離開創は約10cm四方もあり、深さも3cm近くある大きな陥没創となっていた。創面には血餅や壊死組織が大量に見られたため水道水で洗浄しながら除去した。また同時に周囲の組織にうっ血が見られたが、これは恐らく「足りない皮膚」を無理に寄せて縫合したためテンションがかかり、組織が締め付けられたためと考えられた。したがって無理なテンションがかかっている部位の縫合糸を全て抜糸し、開放創とした。写真は、創面に生理食塩水に浸したガーゼを当て、フィルムドレッシングで被覆したところである。生食ガーゼの交換は1日3回行った。これにより創面の壊死組織の除去と乾燥の防止が可能となる。
治療開始後4日目。創面の肉芽組織の増殖は良好である。傷は大きくなったように見えるが、実は縫合創のテンションが解除され、元のあるべき大きさに戻ったためである。この傷を外科的に閉鎖するためには、ほぼこれと同じ大きさの「皮弁」を使わなければならない。高齢でもあり、飼い主も手術を望まなかったため、このまま被覆材による「閉鎖療法」で上皮化させることとした。
うっ血も消え、壊死組織も無くなったので、ハイドロポリマー・ドレッシングによる被覆を開始し、3-4日に一度交換することにした。
上の写真は左から「10日目」「14日目」「18日目」である。肉芽組織の増殖は極めて良好であり、創面は急速に縮小しているのがお解かりのことと思う。一番右の写真(18日目)では上皮化もかなり進んでおり、創面の面積は4×5cm程度に縮小している。 このころより被覆材をポリウレタンフォーム・ドレッシングに切り替えた。
一番左は39日目のものである。かなり上皮化が進み、上皮化していない部分は中心部分の1cm四方のみを残すだけとなった。治癒前半に比べて時間がかかっているように感じられるかもしれないが、これは肉芽組織を形成する「繊維芽細胞」に比較して、上皮細胞は増殖が遅いためである。しかしながら、これだけ大きな陥没創が外科的に手を加えずに40日程度でほぼ治癒しているのは、当初の予想を上回るスピードである。
真ん中の写真は、 41日目のものであるが、このとき残念ながら患者(ドーベルマン)自身が傷をかじってしまい、せっかく上皮化した部分を大幅に破壊してしまった。出来上がったばかりの上皮は非常に薄くデリケートなので、犬が舐めたりかじったりすればひとたまりも無い。再上皮化にはさらに時間がかかることが予想される。右は50日目のものである。この辺りではハイドロコロイド・ドレッシングとポリウレタンフォーム・ドレッシングを状況により使い分けている。
さらに9日後の59日目、ゆっくりではあるが徐々に再上皮化している。
それから約10日後、治療開始時から数えて70日目、完全に上皮化した。
本症例では、筋肉層まで露出する非常に大きな陥没創であったにも関わらず、約2ヶ月程度で完全治癒となった。途中でのアクシデントが無ければ1ヶ月半くらいで上皮化していたものと考えられる。当初の予想では2-3ヶ月かかるものと思っていたが、最初の段階での肉芽の増殖が非常に良好であったのが治癒期間短縮の大きな要因であったように思う。
治癒後の傷は、瘢痕収縮も無く運動の妨げとなるような拘縮もまったく見られない。
本症例の治療全般にわたり、傷の洗浄には生理食塩水ではなく水道水を使用した。また感染徴候は一度も見られなかったため、抗生物質は一切使用していない。