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「免疫不全状態」と「ペットの飼育」

2005.07.09(土)

以前の病院に勤めていたときのことですが、ある小型犬の飼い主さんが暫くぶりに来院し、「実は入院して腎移植を受けたんです」という話を聞いて、びっくりした事があります。何故そんなにびっくりしたのかといえば、その飼い主は私よりも一回り近く年下の、まだ二十歳を少し越えたばかりの若い女性の方だったからです。そのような若い年齢で、腎不全を患い腎移植手術という大手術を受けるなどということは、私自身には想像もできないような大変なことに思えたのです。臓器移植というのは、手術が成功すればそれで終わり、というものではありません。ドナー(臓器提供者)から移植された臓器は、レシピエント(臓器をもらう人)の体から見れば「異物」とみなされてしまう為、本人の免疫系が働いて移植臓器を攻撃してしまうのです。これがいわゆる「拒絶反応」というもので、拒絶反応が起きるとせっかく移植した臓器が死んでしまうため、レシピエントの人は自分自身の免疫反応を抑えるために、免疫抑制剤を飲み続けなければならないのです。ところがこの免疫抑制剤は、移植臓器の拒絶反応を抑えるだけではなく、ウイルスや細菌、寄生虫などの病原体に対する抵抗力も同時に低下させてしまうため、感染症に対する予防には非常に神経を使う必要があるのです。

 

私達がペットとして飼育している犬や猫その他の動物から、人に移る病気(人畜共通感染症)が幾つかあることが知られています。健康な人にとってはそれ程の被害とはならなくても、何らかの理由により免疫状態が低下しているような人にとっては、非常に大きな危険をもたらす可能性があります。そして当然のごとく、この女性の場合も主治医から「犬を飼うのはやめたほうが良い」と言われたそうです。
免疫機能が低下するのはなにも「臓器移植」の場合だけではありません。日本でもHIV患者の方の数は増加していますし、その他の慢性疾患や加齢などによっても免疫が低下します。寝たきりのお年寄りのいる家庭もあるでしょうし、乳幼児や妊婦の方なども非常にリスクが高いと考えられます。ではこのような人達は動物を飼わない方が良いのでしょうか?

 

アメリカのCDC(疾病対策予防センター)は、HIV患者の為の「ペット飼育ガイド」を出しています。そのガイドの1行目には「(HIVに感染していても)ペットを飼うことをあきらめる必要はありません」とあります。そしてその後には「ペットから病気を移される可能性はありますが、そのリスクは低いものです」、「(感染を防ぐためには)幾つかの基本的な注意点を守るだけで充分です」と続きます。
具体的な注意点としては、以下のようなものを挙げています。

 

・ 動物に触ったり遊んだりした後は(特に食事の前には)よく手を洗うこと。

・ ペットにはペットフードだけを与えるか、肉を与える場合はよく加熱調理したものを与えること。加熱不足の肉を与えたり、トイレの水や生ゴミ、他の動物の糞などを食べさせないように注意すること(下痢をしたり寄生虫などに感染する可能性が高い)。

・ 下痢をしている動物には触らないこと。1~2日以上下痢が治らない場合は、HIVに感染していない人に頼んで動物病院に連れて行ってもらうこと。

・ 病気の動物や、生まれて6ヶ月に満たない小さな動物(特に下痢をしている動物)を家に連れて来ないこと。動物を飼う前には動物病院で健康チェックをしてもらうこと。

・ 色んな病気を持っていることが多いので、野良犬、野良猫などには触らないこと。

・ 動物の便には絶対触らないこと。

・ 猫のトイレの掃除をする時には、HIVに感染していない(妊娠していない)誰か他の人に頼むか、自分でするときはビニール手袋をはめ、終わったらすぐに石鹸で手をよく洗うこと。

・ 猫の爪はきちんと切っておくこと。もし引っ掻かれたら直ぐに石鹸と水でよく洗うこと。

・ 口や傷口などをペットに舐めさせないこと。

・ ペットとキスをしないこと。

・ ノミの駆除・対策をしっかりすること(ノミは様々な病気を運んで来るため)

・ 爬虫類は飼わないこと。もし爬虫類に触ったら、すぐに石鹸と水で手を洗うこと。

・ 水槽やペットのケージの掃除をするときはビニール手袋をはめ、終わったら直ぐ手を洗うこと。

・ 猿やフェレットなどのエキゾチックペット、アライグマやライオン、コウモリ、スカンクなどの野生動物を飼わないこと。

 

注意》上記の項目は私が一部を簡略的に日本語に訳したものですので、詳しい内容に付いてはCDCのサイトでご確認ください。

 

これはHIV患者のためのガイドですが、臓器移植患者の場合もほぼ同様な注意さえ守れば、安全にペットと暮らすことができるということです。つまり健康に何の問題も無い、6ヶ月齢以上の(出来れば野良ではない)犬や猫を飼育する分には殆ど危険性はない、と言って良いと考えられます。そして特に免疫状態の低下している人の場合は、具合の悪い動物(特に下痢をしている動物)には触らず、便の始末は他の人に頼むこと、動物が食べる物に気をつけることが重要です。そしてワクチンを接種やノミの駆除、定期的な駆虫を行い動物の体をクリーンで健康に保つことで、自分自身の健康を守ることができると言うことになります。
テレビや新聞などで時折、人畜共通感染症の「怖さ」ばかりを煽って「ペットブームに警鐘を鳴らす」と言う趣旨の報道を見ることがあります。確かに人畜共通感染症の怖さは知っておかなくてはなりません。しかし正しい知識さえあれば、決して無暗に怖がる必要はないのです。