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老齢動物の「認知障害症候群」について

2017.11.02(木)

■「認知障害症候群(認知症)」とは?

獣医学の発展や食餌・予防などの飼育状況の改善などにより、犬や猫などの飼育動物の寿命は一昔前に比較して格段に長くなっています。これに伴い、様々な成人病や腫瘍(癌)などの老齢性疾患の発生が増えて来ていますが、その中でも最近特に問題になっているのが、「認知障害症候群」です。認知障害症候群は、英語ではCognitive Dysfunction Syndromeと言い、一般的にCDSと略されます。
人間の認知症では、脳血管性認知症とアルツハイマー型認知症が最も一般的です。犬のCDSとヒトのアルツハイマー型認知症は全く「同じもの」ではありませんが、ヒトのアルツハイマーの場合と同様、脳にβ―アミロイド(Aβ)と言う蛋白質が蓄積して「老人斑」を形成する、と言う病理学的な共通点が見られます。この蛋白質は加齢に伴って、神経ニューロンの内部および周囲に沈着して神経線維の刺激伝達を障害し、脳の機能を低下させ、様々な症状を引き起こすことが判っています。脳のどの場所に、どのくらいの範囲でβ―アミロイドが蓄積しているかと言うことは、主にどんな症状が強く出るのかと言うことと深い関係があります。
CDSは犬や猫など様々な動物で見られますが、特に柴犬や日本犬系の雑種などで、その発生率が高いと言われています。「日本犬やその雑種はそれだけ長生きするから」と言うのも理由のひとつかもしれませんが、「認知症を示す日本犬では血液中の不飽和脂肪酸の濃度が著しく低い」という報告もあり、栄養面や飼育環境、遺伝的要素など様々な原因が「加齢」と複雑に絡み合って、CDSを引き起こしている可能性もあります。

 

■ CDSの症状

CDSの主な症状としては、以下のようなものを挙げることが出来ます。

・見当識障害(周囲の環境、人、場所に対する認識の低下)
・飼い主や他の動物(同居のペットなど)に対する反応の変化
・昼夜の逆転(昼間寝て夜は起きている)
・室内や不適切な場所での排泄
・行動の変化(ある行動の増加・低下、ずっと同じ行動を続ける、など)
・興奮や不安行動の増強
・刺激に対する反応の変化(増強あるいは減退)
・食べ物に対する興味の変化(増強あるいは減退)
・以前学習した行動が出来なくなる(特に使役犬で顕著)

 

これらの症状の中で、最も問題となることが多いのが、「昼夜の転倒」による「夜鳴き」ではないでしょうか。昼間はずっと寝てばかりいるのに、家族が寝静まる頃になると起きだして、徘徊したり大きな声で一晩中ほえ続けたりします。認知症状による夜鳴きは、非常に大きな声で、且つ単調にほぼ同じ間隔で鳴き続けるのが特徴です。家族の方々も睡眠不足にりますし、また「隣近所に迷惑を掛けてしまうのではないか」という不安で憔悴してしまい、相談を受けるケースもよくあります。
また、長年家族の一員として可愛がってきた動物が、飼い主である自分自身を認識できないのではないか?と感じたとき、多くの方は非常に強いショックを受けるものです。
これらの行動は、犬では顕著に見られますが、猫の場合は『寝ている時間が長くなる』とか『トイレの手前で排泄してしまう』というような、どちらかと言うと控えめな症状として現れることが多いようです。

 

■ CDSの診断方法

CDSは一般的に、犬では11歳以降に発症し、徐々に進行すると考えられています。治療せずに放置した場合、症状が明らかになってからの寿命は約1~2年だと言われています。現在のところ、血液検査やその他の臨床検査では、CDSを明確に診断する方法はありません。したがって、以下のような「チェック項目」を設け、飼い主の方に「当てはまる項目があるかどうか」を回答してもらう、と言うことでCDSを判断する方法が広く受け入れられています。

 

《チェック項目》

①夜中に意味も無く単調な声で鳴き出し、止めても鳴きやまない。
②歩行は前にのみとぼとぼと歩き、円を描くように歩く(旋回運動)
③狭いところに入りたがり、自分で後退できなくて鳴く
④飼い主も、自分の名前を呼ばれても判らなくなり、何事にも無反応
⑤よく寝て、よく食べて、下痢もせず、痩せてくる

 

高齢犬で、以上の5項目のうち1つでも当てはまるものがあれば、CDSの可能性があると判断されます。これらの症状はもちろん、CDS以外の脳神経疾患でも見られる可能性がありますから、年齢やその他の神経症状がないかどうかなどをよく吟味し、CDS以外の病気を除外する必要があります。

 

■ CDSの治療・対処方法

一昔前までは、「ある程度歳を取ったら認知症を発症するのは仕方が無いこと」と言う認識が一般的でした。これは一般の飼い主だけではなく、多くの獣医師もまた、以前はこのような認識を持っていました。しかしながら、人間の場合も全てのお年寄りが必ずしも「認知症」になる訳ではないのと同様に、動物の場合も全ての高齢犬で「認知症」が見られる訳ではないことから、CDSは必ずしも避けられない「運命」ではなく、現在ではある程度の予防や治療が可能な「病気」である、という捉え方をするのが一般的になってきました。
前述のように、「認知症を示す犬の血液中の脂肪酸の濃度が低い」という報告もあることから、CDSの予防および治療として、DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)などの不飽和脂肪酸を給与することが、ある程度有効であると考えられています。また、「サウスアフリカン茶」というお茶の一種を与えることで、「夜鳴き」の症状が改善した、と言う報告もあるようです。脳の機能を低下させるような神経細胞の障害は、活性酸素などのフリーラジカルの作用を強く受けるため、抗酸化作用のある物質を投与することもCDSの予防につながると考えられます。動物用に、抗酸化物質を含んだ補助食品などもありますし、CDSの予防・症状改善用に成分を調合された処方食もありますので、高齢の動物にはこのような食品を与えるのも良いでしょう。
アメリカではヒトのパーキンソン病の治療薬と同じ薬剤が、犬のCDSの治療薬として認可されています。またヨーロッパなどでは、脳血管の循環を改善する薬や、抗血栓作用のある薬などが、犬のCDSの治療薬として認可されているようです。また、CDSそのものを改善するのではなく、「夜鳴き」や「昼夜逆転」などの特定の症状を「矯正」したい、という場合には鎮静剤や睡眠薬などを用いる場合もありますが、これらの薬剤は結果的にはCDSの進行を早める可能性があると思われます。
CDSの治療は「こうすれば必ず良くなる」というものではありません。軽度のCDSであれば、無理に薬を飲ませたり食事を処方食に限定するのは可哀そうだ、という考え方もあるでしょう。また幾つか見られる症状のうち、どの症状が一番「問題」とされるのかは、飼育状況によっても変わってきます。どのような治療を希望するのかを良く考え、掛かりつけの獣医さんと相談して治療方針を決めるのがよいでしょう。

 

■ CDSの動物とどう付き合ってゆくか

ある調査では、7歳以上の犬を飼っている150人の飼い主にアンケート調査をしたところ、48%の人が、上に挙げた「CDSの症状」のうち少なくとも1つ以上が見られる、と答えたそうです。しかしながら、これを「主訴」として動物病院を受診したのは、そのうちの17%だけだったということです。恐らく、「高齢だから仕方が無い」と考えて、病院に連れて行かないという方が殆どなのではないかと思われます。しかし、CDSは治療が可能な「病気」です。もちろん治療効果には個体差がありますし、18歳を越えるような非常に高齢な動物の場合にはあまり効果を期待することができないかもしれません。しかし早期から治療を開始すれば、CDSの進行を遅らせることが可能な場合もありますし、夜鳴きや徘徊などの「困った」行動に悩まされる機会が減る可能性も充分にあると思われます。
「高齢の日本犬にCDSが多い」と報告されているように、品種によってもその発生率は違いますが、飼育状況や生活環境も大きく影響していると考えられます。室内飼育の犬よりも外飼いの犬のほうがCDSの発生が多いという報告もあります。外飼いの犬のほうが人間とのコミュニケーションの機会が少なく、脳に対する刺激が少ないためとも言われています。「散歩をして餌を与えたら放ったらかし」と言うような刺激の無い生活は、CDSを進行させる可能性があります。
普段からなるべくよく話しかけ、コミュニケーションを取るように心掛けることが大切です。「待て」や「座れ」などのしつけや訓練を維持すること、うまく出来たときは褒めて、メンタルな面でも刺激を与えることなどが、CDSの進行を防ぐ上でとても大切です。それでもCDSの症状が出てきてしまったときは…そのときはあまり無理なことはせず、安らかに余生を過ごさせてあげるようにすべきでしょう。