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「褥創」の管理について

2017.11.02(木)

◆「褥創」の管理方法

①基礎疾患の治療と栄養管理

糖尿病や腎不全などの基礎疾患がある場合には可能な限りこれらの治療を並行して行います。栄養状態の悪化は褥創の悪化、治癒遅延に直結します。バランスのとれた消化の良い食餌を与え、適切な栄養管理をすることが大切です。

 

②圧迫を和らげる(除圧)

ヒトの場合にはウォーターベッドや体圧切替用エアマットレスなどの介護用高機能ベッドを利用することが出来ますが、動物ではこのような設備を利用することは非現実的です。

 

 

*介護用マット(お勧め)

①ドッグケアマット(ケアプロダクツ:http://www.care-products.jp
②ホームナース(田村駒株式会社:http://petsuki.com/homenurse/
③ペット専用介護マット(ユニ・チャーム ペットPro:http://pet.unicharm.co.jp/pro/

 

最近は動物用に「低反発マット」が売られているので、これを利用すると非常に便利です。低反発マットは充分に厚みのあるものを選びます。「すべり難い」ようになっているマットは、「摩擦がある」と言う事ですから、褥創対策にはあまり向いていない可能性があります。「すべり難い」タイプのマットを使用する場合には、滑りの良いシートを敷いて摩擦を軽減させてやると良いでしょう。

 

摩擦はまた別の問題を引き起こします。動物の皮膚はヒトに比べて薄く非常に伸びやすいため、体の下側になった方の皮膚が敷物との摩擦によって引っ張られたり捻れたりし易くなっています。この状態の皮膚に、更に上からの圧力が加わると、極めて容易に血行障害を起こします。ですから動物を横に寝かせた後には必ず体の下に手を入れて、捩れた皮膚を元の自然な状態に戻すように心掛けることが重要です。

 

寝たきりのヒトに於いて、褥創の出来やすい部位のひとつに「かかと」があります。「ヒトのかかと」の褥創を例にとって、正しい除圧と間違った除圧について少々説明してみます。
傷を保護する目的で、厚みのある「パッド」などを褥創に直接あててしまうと、却って圧迫が生じるため褥創は深くなります(下図;「間違い①」)。これを防ごうとして、少しずらした位置にパッドを当てて患部を浮かせようとすると、新たな褥創を作り出してしまいます(下図;「間違い②」)。正しい除圧は、下図の「正しい除圧」でも解るように、「点」ではなく「面」全体で行うようにします。

 

 

また、ドーナツのような形をした、真ん中に「穴」の開いたパッド(円座)が「褥創治療法」に市販されています(右下写真)。 教科書にも、褥創に対してこのタイプの「褥創パッド」を使用することが書かれていますが、「ドーナツ型パッド(円座)」は上図の②と同様に、周囲の血行を遮断して、却って局所に圧力を集中するため褥創が悪化すると考えられるようになって来たため、人間の褥創治療では現在殆ど使用されていません。

 

 

③体位の変換

人間の場合は、ずっと同じ姿勢で寝ていると同じ部分が圧迫され続けるため、2時間ごとに体位を変換して同じ場所に褥創が出来ないように予防するのが一応「正しい」と考えられています。しかし、最近ではウォーターベッドや高機能エアマットなど、除圧のための機器が改良され、体位変換の必要性は低くなっているようです。また体位を変換することで新たに褥創を作ってしまう可能性も指摘されており、必ずしも「体位変換」が必要なのかどうか、実際にはまだ良く判っていない部分もあります。特に動物の場合は、体位を変換しても、自分で好きな体位に転がってしまうことも多く、個体によって「右下が好き」「左下が好き」という好き嫌いがあることも多いので、エアマットや低反発マットなどでうまく除圧が出来ている場合には敢えて頻回の体位変換は必要ないのかもしれません。

 

④周囲の毛を刈る

褥創とその周囲を清潔に保つために、バリカンを使って広めに毛を刈っておくことが重要です。毛が「クッション」の役割しているように思われるかもしれませんが、実際には褥創の中に入り込んで「異物」となったり、浸出液や壊死組織がこびりついて汚くなったり、汚染や感染の原因となることも珍しくありません。また褥創を洗ったり、ラップや吸水シート(下記参照)などを褥創に固定する際にも、毛を刈っておくと非常に処置がし易くなります。したがって、褥創の周りの毛は常に短く刈っておくことをお勧めします。

 

⑤褥創の洗浄方法

褥創は出来れば毎日洗浄します。お尻の近くなどで尿や便が付きやすい場所にある場合には、排尿・排便のたびに洗う必要がある場合もあります。洗浄は、体の小さな動物ならお風呂場へ運んでシャワーで洗うことも簡単に出来ますが、中型犬くらいになるとそれもなかなか大変です。特に「寝たきり」の状態の場合には、洗ったり乾かしたりするのがとても難しくなります。そこで、100円ショップなどで売られているプラスチックのスプレー瓶(噴霧器)を使用して、ぬるま湯で洗うのが便利です。「傷」は乾燥したり壊死組織が多量に存在すると、痛みを生じます。しかし湿潤環境を維持して「肉芽組織」で覆われている限り、ぬるま湯で洗浄しても痛みを生じることは殆どありません(但し冷たい水で洗うのは、刺激にもなりますし、局所の温度が低下して血行が悪くなる原因にもなりますので、避けた方がよいでしょう)。
まず、周囲の皮膚の汚れをよく落とします。ぬるま湯で汚れをふやかしながら、ガーゼなどで優しく拭うようにして洗うようにしてください。褥創の内部は、特にやさしく洗うようにします。あまり勢いよくスプレーしないようにしてください。褥創内部は、決してゴシゴシ擦ったりして洗ってはいけません。また当然のことながら、消毒はしてはいけません
周囲の皮膚の汚れがどうしてもなかなか取れない場合には、低刺激性のシャンプーなどを使用しても構いませんが、シャンプーに含まれている界面活性剤にも細胞障害性がありますので、なるべく褥創内には入らないように注意し、洗浄後は充分洗い流す必要があります。

 

⑥壊死組織や感染がある場合

このような場合はなるべく自宅で治療せずに、「創傷治療」に詳しい病院できちんと治療してもらう方が安全です。治療の基本は「感染創」の治療と同様ですが、褥創の場合にはwet to wet dressing*のように「ガーゼやドレッシング材を創傷内に詰め込む方法」は取るべきではありません。壊死組織がある場合には外科的にデブリードマンしますが、出血するほどしっかりとする必要はありません。ある程度でデブリードマンができたら、後は毎日少しずつ融解させる方法をとりながら、壊死組織を段階的に取り除いてゆきます。感染がある場合には抗生物質の全身投与を行います。抗生物質は、血行の悪くなった場所や壊死した組織には到達しませんが、全身性の感染・敗血症を防ぐために、褥創の感染徴候が無くなるまでは投与する必要があります。

 

⑦褥創のドレッシング方法

褥創に対するドレッシング法として最も便利なのは、 「ラップ療法=開放性ウェットドレッシング法」です。これはサランラップやクレラップなどの「食品包装用」のラップを使用する方法です。ラップは厚みが無いため、褥創を悪化させることがありません。褥創の大きさに対し、ラップは大きめに切って直接創面にあてます。ラップの周囲を粘着テープなどで皮膚に固定します。このとき、毛が生えたままだとテープによる固定が困難になります。
ラップには吸水性が無いため、浸出液がはみ出して来て濡れてしまいます。そのため、ラップの上から、ラップよりも一回り大きい「ペットシーツ」などをあてて浸出液を吸い取る必要があります。部位によっては紙オムツを利用することも可能です。
ラップがどうしても使い難いとき(テープで固定できない、すぐにずれてしまう、など)は 、オムツやペットシーツに荷物梱包用の業務用テープ(ガムテープの透明なやつです)を直接貼り付けて、その部分を創面にあてるようにして使用します。要するに、オムツやシーツのザラザラした面が直接創面に当たらないようにしてあげればよいのです。

 

「ラップ」による褥創の「開放性ウェットドレッシング療法」の理論を示した模式図。
「褥創治療の常識・非常識」(鳥谷部俊一・著 三輪書店)より引用しました。

 

▼褥創に便利な自家製ドレッシング材の作り方はこちらで紹介しております。ご参考にしてください。
「自家製ドレッシング材の作り方」

 

⑧その他、注意点など

壊死組織が残っている場合でも、上記の「ラップ療法」で被覆している間に徐々に壊死組織が融解して、健康な肉芽組織が増殖してきます。浸出液が多めのときは、ラップに小さな穴を複数開けたり、水切り用の穴が開いた「穴あきビニール」などを使用してもよいでしょう。創面が乾いている場合には、白色ワセリンなどを薄く塗ってからラップをするとよいでしょう。ラップやオムツなどを固定する上で注意すべきことは、テープや包帯をきつく巻きすぎて血行を阻害したり、更なる圧迫を作って新たな褥創を作り出してはならない、ということです。
褥創は、そもそも「寝たきり」になっていること自体が原因なので、その原因を除去することが出来ない以上、完全な「治癒」が見込めない場合も多々あります。しかしその様な場合でも、感染を防ぎ、褥創の更なる拡大を防ぐために適切な処置を継続することはとても重要です。
人間では褥創を外科的に手術で治す治療法も行われています。しかし、手術による方法は一時的には治ったように見えますが、原因が除去されていないために、すぐにまた同じ部位に褥創が再発します。そのたびにまた全身麻酔をかけて手術をする、と言うのは決して良い方法とは考えられません。これは動物でも同様で、褥創を手術で治す方法はお勧めではありません。

 

・ラップを固定するのはどんなタイプのテープが適切なのか?
・ラップは動物の体に貼り付けるのではなく、ペットシーツやオムツに貼り付けた方が良いのではないか?

・ペットシーツやオムツを動物の体に固定するのはどんな方法が良いのか?粘着テープでよいのか?幅の広い柔らかい包帯を軽めに巻いて固定するのが良いのか?あるいはネットやストッキングなどを利用するのはどうなのか?
・体位変換はすべきか?不要か?必要だとすれば、どのくらいの間隔ですべきか?
・海水浴用のエアマット以外に、「使える」除圧器具にはどんなものがあるか?

 

 以上のような点に関しては、それぞれのケースにより「適した方法」が違ってくると思われます。今後様々な意見を取り入れながら、何が「最良の方法」なのか、考え続けてゆきたいと思います。

 

*wet to wet dressing;感染や壊死組織が残る創傷内に、生理食塩水で浸したガーゼを軽く詰めて、さらにその上から濡れたガーゼ(または防水ドレープやラップを使用する場合もある)で全体を覆って、乾燥を防ぎつつ、ドレナージを行うドレッシング法。生食ガーゼは1日数回交換する必要がある。交換の際にガーゼに壊死組織が付着して取り除かれる。つまりこの方法は、デブリードマンを目的としたドレッシング法である。