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「不妊手術を受けさせるべきか?」

2005.02.22(火)

「不妊手術を受けるべきか」

「自分の飼っている犬や猫に『不妊手術』を受けさせるべきかどうか迷っているが、どうすればよいか?」という質問を受ける事がよくあります。これを読みながら、今まさに「迷っている最中」という方もいらっしゃるかもしれませんね。今回のお話は、ひとつの「意見」として参考にして頂ければ良いと思います。
ご存知のように、雄の場合は精巣の摘出(去勢手術)、雌の動物では卵巣、あるいは卵巣と子宮の両方を摘出(避妊手術)し、繁殖できないようにする手術のことを「不妊手術」と呼びます。不妊手術はそれ程難しい手術ではありませんが、当然ながら全身麻酔をかける必要があり、手術をする場合としない場合とでそれぞれ、メリットとデメリットがあります。
不妊手術のメリットとデメリットについて、比較してみましょう。

 

「不妊手術を受けた場合のメリット」

1) 望まれない不要な繁殖を避ける事が出来る。

不妊手術を受ける大きな目的のひとつです。特に外出する猫の場合には、手術を受けていないと繁殖してどんどん増えてしまう可能性があります。また犬の場合でも、複数の犬を一緒に飼育している場合には、「知らないうちに妊娠していた」などということがあります。「まだ子犬だから大丈夫だろう」などと安心していると、親子や兄弟で近親交配してしまうこともあります。近親交配では、遺伝疾患などの先天的な異常を持った子供が生まれてくるリスクが高くなります。

 

2) 生殖器関連の病気の予防が出来る

不妊手術をすることで、全ての生殖器疾患を100%予防できるわけではありませんが、手術によりある程度予防が可能な病気もあります。代表的なものを以下に挙げます。
・雄犬の場合;精巣腫瘍、前立腺肥大、会陰ヘルニア、肛門周囲の腫瘍などの発生を防ぐ事が出来る。
・雌犬の場合;子宮蓄膿症、卵巣腫瘍、乳腺腫瘍、などの発生を防ぐ事が出来る。
乳腺腫瘍の場合は、初回の発情(生理)が来る前に手術を受けた場合と、1回目、2回目の発情が来てから手術を受けた場合とでは、発生率に差があると言われています。より確実に乳腺腫瘍の発生率を低く抑えたい場合は、初回発情が来る前に手術を受ける事が大切です。
また糖尿病の動物では、発情に関連してインスリンの効きが悪くなり、症状が悪化することが知られています。

 

3) 行動学的なメリット

不妊手術を受ける事により、攻撃的な性格が穏やかになることが期待されます。特に雄の動物の場合は、不妊手術をしない場合は「テリトリーを守ろうとする意識」が強くなり、飼い主に歯向かったり他の犬に対して攻撃的になり喧嘩をすることが多くなる傾向があります。また「過剰なテリトリー意識」により外部の環境や部外者などに対して神経質になり、様々な問題行動を起こす可能性が高くなります。
不妊手術を受ける事で、もちろんこのような問題の全てが解決される訳ではありませんが、これらの問題の発生率を低く抑える事ができます。また万が一このような問題行動が発生した場合でも、不妊手術をしておくことで、しつけや問題行動の矯正がし易くなる場合があります。また雄猫の場合は、マーキングのためのスプレー行動をある程度抑える事ができます。
但し、このような「性格」や「行動」に対する手術の影響の度合いは、手術を受けた年齢(月齢)により大幅に異なります。一般的には、成犬(成猫)になってから手術を受けた場合の方が影響が少ないことが知られていますので、出来るだけ早期に不妊手術を受ける事が重要です。

 

4) 「発情徴候」に伴うトラブルから開放される

犬の場合は、発情に伴って出血が見られます。室内飼育犬では特に、出血により室内が汚れたり臭いがついたりすることがあります。また発情中は食欲が低下して体重が減少したり、神経質になったり、気分が不安定になることもあります。猫の場合はそわそわして外に出たがるようになり、脱走してしまう事もあります。
また犬の場合は、発情終了後に「黄体ホルモン」の異常による「偽妊娠」と言う状態になり、乳腺が張った状態が続いて乳腺炎を引き起こしたりする場合もありますし、発情終了後1ヶ月程経った頃には、子宮蓄膿症の発生リスクが上昇します。
不妊手術を受ける事で、これらの「発情徴候」にまつわる様々な「煩わしさ」から開放されることが期待されます。

 

5) 「遺伝子プールの汚染」を防ぐ事が出来る

「品種」とは「ある共通の遺伝的特徴を持つ集団」であると言えます。例えば、ゴールデンリトリバーをゴールデンリトリバーたらしめているのはその遺伝子であり、このような共通の特徴を示す遺伝子を持った集団を、品種としての「ゴールデンリトリバー」、そしてこの「共通の特徴」を持たせるような遺伝子の集合を「遺伝子プール」と呼びます。
例えば、本来小型犬であるはずのポメラニアンでも、時々体重が8kgくらいになる子がいます。あるいは足が短いはずのダックスフントでも、比較的長い足を持った子が生まれてくる事があります。もちろんこのような子達自身に罪はありませんし、どんな姿形であろうが個性的で魅力的なことには変わりありません。しかしながら、このような「極端に個性的な個体」を皆が自由に繁殖に利用してしまうと、例えば「ダックスフント」という遺伝子プールの中に「足が長い」という遺伝子が紛れ込んでしまう危険性が出てきます。これは、過去数十年(品種によっては数百年)に渡り熱心なブリーダー達が地道に築き上げてきた「品種」という遺伝子プールを「汚染する」行為である、と考える事が出来ます。
無秩序な交配を避ける事で、このような「遺伝子プール」の汚染を防ぐことが可能になります。

 

6) 遺伝疾患の拡大を防ぐことが出来る

明らかに遺伝性疾患を持っていることが判っている個体を交配に利用する事は、その疾患を引き起こす遺伝子の拡大を促す行為であり、当然ながら「遺伝子プール」の汚染と言うことができます。
遺伝性疾患には、例えばトイ犬種に頻繁に見られる「水頭症」や頚椎の形成不全、先天性の心臓奇形など、生まれて比較的直ぐに発症するものもあれば、アトピー性皮膚炎や股関節形成不全など、ある程度成長してから発症するものもあります。また交配に使用する個体自身には症状が見られなくても、その親や同腹の兄弟などが遺伝疾患を持っている場合には潜在的に遺伝疾患を持っている可能性が高く、その子孫に遺伝性疾患を広める危険性があります。
また品種によっては、ある特定の毛色の組み合わせの個体どうしを交配すると、非常に高い確率で先天性の異常が発生したり、ときには「致死的遺伝」となって「全ての子供が死産」となる場合もあることが知られています。スコティッシュフォールドという品種の猫では、耳の折れたものどうしを交配すると、非常に高い確率で関節に異常をもった個体が生まれてくるため、必ず「立ち耳」と「折れ耳」のスコティッシュを交配するのが常識となっています。
このようにそれぞれの品種に関する遺伝性疾患やその遺伝様式、形態や毛色との関連などに関する専門的な知識を欠いたまま交配をすると、「不幸な命」を生み出す危険性が高くなります。

 

「不妊手術を受けた場合のデメリット」

1) 子供を生む事が出来なくなる

当然ながら、「子供を生まないようにする」のがこの手術の目的ですから、これを「デメリット」と呼ぶべきではないかもしれません。

 

2) 手術を受けなくてはならない(全身麻酔をかけなければならない)

不妊手術を受けるためには、全身麻酔による外科手術が必要です。麻酔技術やモニター機器の発達により、麻酔に関連した事故は一昔前より格段に減少していますが、それでも「予期せぬ事態」が生じる可能性が、「絶対にない」とは言い切れません。

 

3) 術後の後遺症のリスク

不妊手術に限った話ではありませんが、自分で術創を齧って傷が開いてしまったり、体質により縫合部分の皮下に漿液が溜まったり、縫合糸に対するアレルギー反応を示したりすることがあり、この治療に時間がかかってしまうことがあります。
また一般的に不妊手術をした後は、雄でも雌でも太りやすい体質になる傾向があります。また比較的稀ですが、不妊手術をした後に軽度の「尿失禁」がみられる場合があります。

 

自分の愛犬・愛猫に子供を生ませてみたい、可愛い子犬・子猫を自分で育ててみたい、という気持ちはごく自然なものでしょう。しかし、「交配」「妊娠」「出産」には非常に多くのリスクを伴い、決して安易な気持ちでは出来るものではない、ということを理解して欲しいと思います。
例えば、「交配」により生殖器感染症やある種の腫瘍性疾患がうつる場合もあります。妊娠中に胎児が死亡してしまうこともありますし、出産や授乳、新生児の世話を適切にするためには専門的な知識が必要となります。また最近では犬の難産も非常に増えています。難産の場合には、対処が遅れると胎児だけではなく母体にも危険が及ぶ可能性もあります。たとえ安産で無事出産が出来たとしても、必ずしも五体満足の子供が生まれてくるとは限りません。先天的な異常を持った子犬・子猫が生まれてきたときに、その子の将来に対して自分が全責任を負う事ができるのかどうか、事前に充分考えておく必要があります。遺伝疾患の中には、成犬になってから発症するものも多くあるため、里親に貰われて数年経ってから「遺伝性の疾患」を持っていることが判明するような場合もあります。
これらの事柄を、専門的知識を持たない一般の飼い主の方が全てクリアすることは、非常に困難です。このような理由から、「プロフェッショナルのブリーダー」以外の方による安易な繁殖は、絶対にお勧めできるものではありません。

 

アメリカでは、飼育動物に不妊手術を受けさせる事が常識となっています。不妊手術を受けていない犬の場合は登録料が高額になる、という州もあるようです。また、不妊手術を受けさせない事で何らかのトラブル(犬どうしの喧嘩など)が起きた場合には、手術を受けさせなかった飼い主の責任が、法的にも問われるケースが多いとのことです。
日本では、「麻酔をかけるのが可哀想だから」「手術で痛い思いをさせたくないから」「以前飼っていた犬も手術をせず病気にもならなかったから」などという理由で、不妊手術を受けないケースがまだまだ沢山あります。
手術を受けさせるかどうかは、最終的には飼い主自身の判断になります。しかし、「動物を飼う」という事に関して、「社会に対する責任」「共に暮らす動物自身に対する責任」を果たす上で、不妊手術を受けさせることは最低限必要なことではないでしょうか?
「ペットブーム」と言われて久しい昨今ですが、これを単なる「ブーム」で終わらせること無く、社会全体が「伴侶動物」という存在を(そしてその延長上には盲導犬や介助犬などのアシスタントドッグをも)受け入れる成熟した社会になるためには、私たち一人ひとりの努力と責任ある行動が必要不可欠なのではないでしょうか?