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注射部位のアルコール消毒は原則的に行いません

2017.11.02(木)

皮下注射や静脈注射をする前に、注射部位の皮膚を消毒用アルコールで「ゴシゴシ」拭いてから注射をするのは、昔からどこの病院でも見慣れた光景となっています。人の病院でも、いまだに殆どの病院で「注射前のアルコール消毒」をしているのが現状です。しかしこの「皮膚のアルコール消毒」は、実は医学的には全く意味の無い行為である事が明らかになっています。

 

▽アルコール消毒が無意味である理由

その1)皮膚の表面をアルコールで拭いても皮膚は「無菌」にはならない。

アルコールを含め、どんなに強力な消毒薬で皮膚表面を消毒しても、皮膚は「無菌」にはなりません。たとえ皮膚の表面が一時的に「ほぼ無菌」に近い状態になったとしても、毛穴や皮脂腺の中には皮膚常在菌が生存しています。これを全て殺滅するためには、皮膚がボロボロになるくらい強力な消毒剤を使用するか、ガスバーナーで皮膚ごと焼いてしまう(!!)くらいしか方法がありません。もちろんこんなことは現実には不可能です。ですから、アルコール消毒で皮膚の表面を無菌にすることは出来ないのです。

その2)アルコール綿で拭いただけでは消毒にならない

それでもアルコールと言うのは優れた消毒薬です。しかし、アルコールの消毒効果を最も効率良く引き出すためには、アルコール綿で「サッ」と皮膚を拭いただけでは駄目なのです。アルコールで器具などを消毒する場合は「浸漬」という方法が最も効果的です。これはアルコールのプールの中に器具全体が完全に沈むようにして、10分間漬け置きする方法です。しかし皮膚にこの方法を応用することは出来ませんので、たっぷりとアルコールを染み込ませた綿花を使用して皮膚の表面を「拭く」のが一般的な方法となっています。この場合、アルコールの消毒効果が一番出るのは、アルコールが蒸発して皮膚面が乾燥する瞬間である、と言われています(それでも無菌にはなりません)。ところが、多くの病院ではアルコールが完全に乾く前に注射の針を皮膚に刺しています。でもそれで実際に「感染が起きた」と言う話は滅多に聞いた事がありません。つまり、今まで消毒していたつもりでも、実際にはきちんと消毒の効果が得られていなかったと言う事になる訳です。それでも感染が起きていないということは、「注射の前に消毒しなくても問題ない」ということがこれまでの経験から既に実証されている、ということになります。

 

その3)アルコール綿は意外に汚染されていることが多い

アルコールの中で生存できる細菌というのは意外に多く存在します。アルコールは医療現場で非常に多く使用されていますから、徐々にアルコールに耐性を持つようになった細菌も増えているようです。また、アルコール綿を作り置きしているような場合には、アルコールが蒸発して濃度が低下している場合もあります。特にこのようなアルコール綿の入れ物の中では、アルコールに耐性を持った細菌が繁殖している、という報告があります。汚染されたアルコール綿を注射部位の皮膚に使用することは、「何も使用しない」場合よりもずっと危険である可能性があります。常在菌は通常、その菌を保有している本人には何ら悪影響を与えませんが、外から持ち込まれた細菌は病原性を示す可能性があるからです。このような場合は、アルコール消毒は「無意味」と言うよりむしろ「有害」ということになってしまいます。

 

その4)皮膚の常在菌が注射針により組織内に持ち込まれても「感染」は起きない

通常の量の常在菌がそこにいるだけでは、「感染」は起きません。感染が成立するためには、組織1g中に細菌数が10万個~100万個に増殖するような生体側の問題があるか、あるいは細菌の増殖の場となる「異物」が存在する事が必要です(「感染の定義」はこちらを参考にしてください)。注射の針によって僅かな常在菌が組織内に持ち込まれたとしても、自身の白血球や免疫システムが正常に働いて、少数の細菌は直ぐに取り除かれてしまいます。従って、血行を欠いた大量の壊死組織の中に注射をするような場合を除き、健康な組織内に針を刺入して注射をする場合には、「感染」を成立させるための条件が揃わないため、感染は起き得ないのです。
実際にアメリカでは、糖尿病患者のインスリン注射はアルコール消毒などせずに、服の上から「ブスッ」と注射するのが常識となっているそうです。

 

その5)アルコール消毒の弊害

アルコールには非常に強い粘膜刺激性があります。アルコールが乾かないうちに注射の針を刺す事は、上記のように消毒効果が不十分になるだけではなく、針の刺入により組織に痛みを生じさせる原因となります。また、炎症や傷のある皮膚面にアルコールを使用すると非常に強い刺激性を示すため、このような皮膚には使用できません。

 

▽皮膚の消毒が必要と考えられるケース

上記の(その4)でも少し触れましたが、注射をする皮膚の下に大量の壊死組織や血行を欠いた組織などがある場合には、少量の常在菌でも、その中で増殖して「感染」を引き起こす可能性があるため、皮膚の消毒は充分に行う必要があります。このような場合には、アルコール消毒だけでは不十分なので、クロルヘキシジンのスクラブやポピドンヨードなどを使用して充分に消毒します。もちろんそれでも皮膚表面が完全に無菌になるわけではありません。しかし、このようなケースでは、組織内に持ち込む細菌の数を出来る限り少なくすることに意味があると考えられるため、皮膚の消毒が必要であると判断されます。

 

その他、皮膚の消毒が必要となるケースとしては、胸水や腹水、心嚢水(心臓と心嚢膜の間に液体が貯留すること)などの体液の貯留にたいして針を刺入する場合には、十分な皮膚の消毒が必要になります。また、関節包や脊髄内、骨髄内などに針を刺入する場合にも、皮膚を充分に消毒する事が重要になります。また関節内や体腔内にアプローチする手術の際にも、術野に持ち込む細菌数を出来る限り少なくするため、術前に皮膚の消毒を行います。

 

▽追加事項

消毒としては「無意味」でも、動物に注射をする際には、ときとして「アルコール」が便利な場合があります。動物の皮膚には「被毛」が密に生えているため、アルコールで毛を濡らして皮膚が直接肉眼で確認できる状態にすると、注射をしやすい場合があります。また、静脈注射の際には、アルコールで毛を除けて、血管が見えやすいようにすることで注射がしやすくなります。従って、このような目的で注射の前に「アルコール綿」を使用することがありますので、ご了承下さい。