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「痛み」のコントロールについて

2017.11.02(木)

様々な怪我や病気、手術に伴って生じる「痛み」を管理することを「ペインコントロール」と言います。痛みをコントロールすることは、病気や怪我の根本的な治療にはなりません。しかし痛みを上手にコントロールすることで、痛みの原因となっている病気や怪我の治癒がスムーズになったり、治療中の患者のQOL(Quality of Life;生活の質)が改善されることが判っています。

 

ヒトの医学では、もう十数年前から癌などによるターミナルケア(終末期医療)の中でのペインコントロールの重要性が認識され、現在ではモルヒネなどの鎮痛剤を使用したペインコントロールがかなり一般的になって来ましたが、それ以前は「治療のためには患者は少々の痛みを我慢するのが当たり前」という考え方が一般的でした。

 

これは動物でもほぼ同じ状況で、昔は「動物はヒトに比べて痛みを感じない」などと考える人達も沢山いましたし、現在でも「手術後に痛みを抑えない方が、動物が動かないので治癒が早い」などと言う考え方をしている人達もいます。しかしこれは明らかな間違いで、現在では(少なくとも犬や猫、牛や馬などの哺乳類に関しては)動物もヒトと同様に痛みを感じていると言うのが一般的な見解となっています。また、手術の後などには、術前から鎮痛剤などで適切なペインコントロールを行うと、術中・術後の疼痛の発生が少なく、回復も早いと言うことが様々なデータから明らかになっています。

 

例えば、術中・術後の痛みをコントロールせずにしておくと、ストレスホルモンが多量に分泌され、術後の回復の妨げになることが示唆されています。また、強い痛みを感じると、その部位の筋肉が過剰に緊張したり血管が収縮して血行が悪くなり、結果として術創の治癒が遅れる可能性があると考えられています。人間の手術の場合でも、最近では殆どの開腹手術(場合によっては心臓の手術などでも)では手術翌日にはベッドから起き上がり、なるべく早く退院させるのが常識となってきているのはご存知のことでしょう。「術後に必要以上に安静にさせること」が却って回復を遅らせ入院期間を無駄に延長させていることが判って来たこと、そして術前・術後のペインコントロールが一般化して来たことで、このような早期の退院が可能になったのだと思われます。

 

このように、あらゆる場面で「痛みをコントロールすること」は、治療を速やかにしたり、患者自身の闘病生活を快適なものにしたり、病気や術後の回復を早めたりする上で非常に重要な因子となります。当院では、癌や慢性の関節炎などの病気に対してはもちろんのこと、避妊・去勢手術やその他の手術の際にも、最も適切と思われる方法で必ずペインコントロールを実施しています。

 

 

当院で避妊手術を受けられた犬のご家族の方の中には、退院後に本人(犬)が術創を痛がる様子もなく普段と殆ど変わりなく歩き回ったり走ったりする様子を見て、

 

「すごいですねぇ。やっぱり犬って人間みたいに痛みを感じないんでしょうか?」

 

と感心される方が時々いらっしゃいます。 しかし、上記の説明でもお分かりのように、術後にこの犬が殆ど痛がる様子を見せないのは、「犬は痛みを感じない」からではなく、ペインコントロールを適切に実施しているからというのがその理由なのです。特に、手術前;つまり痛みの原因となる侵襲が生じるよりも前に鎮痛剤を投与して、痛みを引き起こす物質の産生を抑えることにより、効率良く疼痛を抑えることが出来ます。この方法は「先制鎮痛療法」などとも呼ばれていますが、痛みが生じてから鎮痛剤を投与するよりも効果的であることが判っています。また必要に応じて異なる系列の複数の鎮痛剤を併用したり、局所麻酔や神経ブロックと言う方法を併用したりすることで、さらに確実なペインコントロールを実施することが可能となります。

 

その他にも、手術後の疼痛を抑えるためには、手術中の組織の扱い方や縫合方法(例えば腹壁の縫合の際には腹膜を縫わないこと、など)も非常に重要なファクターとなります。私見ですが、縫合方法を改善し、きちんとペインコントロールをするようになってから、(多少の個体差はあるものの)術創を舐めて傷が開いてしまった、というような事故がかなり減少したように思います。この点を見ても、ペインコントロールを実施することで術創を気にすることなく、術後早期から快適な生活を送ることが可能になる、と言うことが分かります。

 

交通事故や胃捻転・胃拡張などのような緊急手術の場合ならある程度痛くても仕方がない(もちろんこのような場合でもペインコントロールは必要ですが)と考えることも出来ますが、避妊や去勢手術のように「病気ではないが普通に生活する上で必要な手術」の場合には特に、必要以上の痛みやストレスを与えて精神的トラウマを生じさせたり、「病院嫌い」「獣医嫌い」にさせたりすることは、可能な限り避けたいと考えるのが普通ではないでしょうか?

 

注)痛みの感受性は個体差が大きく、動物の品種や年齢、怪我や手術の部位などにより大きく異なります。また本文中にもあるように、先制的なペインコントロールが可能な状況であったかどうか、という部分も非常に大きな因子となります。特に骨や中枢神経の傍などに転移した「癌」による痛みはコントロールが非常に困難です。当然ながら全ての「疼痛」を完全に除去することは不可能であり、場合によってはペインコントロールを実施しているにも関わらず強い痛みを生じてしまうケースがあることをご了承ください。